トレーニングの知識

筋トレと鬱の関係

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筋トレをすると鬱が治るなどといった噂をネット上で何度か目にしたことある人もいるでしょう。しかし鬱の本質を知れば、必ずしも筋トレで鬱が治るとは言いきれません。鬱の原因は様々にありますが、ザックリと言えば「現実と理想とのギャップへの悲観」それが鬱であると取り合えず頭の片隅に入れておきましょう。それでは以下、筋トレで鬱になる人と鬱が治る人の違いを説明していきます。

筋トレで鬱になる人

筋トレをやっていて鬱になる人もいます。では何故、鬱になるのでしょうか。筋トレを行っている人には各々の理由があります。プロになることを夢見て筋トレをしている方や理想の肉体を手に入れ、舞台の上で注目を浴びたいとか、異性にちやほやされたいとか、肉体美をまとい日々、遊びも何もかもを充実させたいとか、身体を鍛えるからには何らかの目的理由を誰しも持っています。その目的を達成しようとする道中、または挑戦を志したとき、理想と現実のギャップを濃く認識すればするほど、手に届かぬ理想を現実化できない事実に悲観し挫折します

また、このような人達は他人と比較する傾向があるようにも思えます。人それぞれ、年齢的な限界、骨格の違いを含む容姿の違い、自身を取り巻く環境の違い、性別、遺伝的な違い、努力で変えられる部分は努力で変えられても、生まれ持った性質という努力では変えられない壁に当たった先に自分の掲げた理想の姿がある場合、残酷なことに、どれほど望んでいても絶対に手の届かない理想となります。これが筋トレをやっていて鬱になる方の理由です。

KATAGI
チビでデブで手足短くてハゲで・・・。私だってフィジークでナンバーワンになりたいですよ。でもこれってフェアですか?私は好きで、こんな身体で生まれたわけではないですよ。
KTM
落ち着いてくださいよ。僕はハゲでのっぺり面してるけど僕は他人と比較するのを辞めて今日の自分よりも明日の自分に向けた日々の戦いを行っていますよ。いちいち人と比べてたらキリがないというかー。うーん。遺伝的に恵まれている人もいるわけだし、皆フェアじゃないんだから今自分にできることをひたすら努力し続けることで自分の努力の価値を見出せるんじゃないかな。

筋トレで鬱が解消される人

筋トレで鬱が解消される人は、どのような人でしょうか。まず筋トレを始める前、筋トレとは別の何等かの理由あって鬱に悩まされていた方々です。この鬱の理由が仮に別の事柄にて「現実と理想のギャップに悲観」し生きる目的を失ったことによる鬱だとします。このような方々が何等かのキッカケにて筋トレを始めると今度は筋トレという夢中になれる新たな趣味を発見することになります。こうして、筋トレでの理想を現実化させることを目的とした意識にシフトしますので新たな生き甲斐の獲得となるわけです。

鬱の解消を筋トレに求める以前に根本を見直すべき

上記、筋トレで鬱になる人も筋トレで鬱が解消される人も共通して言えることは、一般人よりも意識が非常に高いということです。この意識レベルの高さは時に大きな成果を成し得る可能性を秘めていますが、時に挫折という形にて悲観してしまう場面への遭遇率も一般人より遥かに高いといえるでしょう。

両者は何れも何かを志し、そして理想が現実しない事実を目の当たりにしたときの悲観的なダメージは一般人よりも大きいです。鬱というのは意識が高すぎる人、特有でしょう。しかし両者ともに意識が高いなりに、一般人よりも世界を広く見渡し身をもってトライしてみる必要性があります。どういうことかというと、筋トレで鬱になる人も筋トレで鬱が解消される人も、視野が非常に狭く、一つの物事へ執着しやすい傾向にあります

よく筋トレを執念深く続け、ボディビル大会でも上位に上り詰めメディアでも取り上げられるほどの影響力を持った方々は、必ずと言って口にする言葉があります。「筋トレが生き甲斐、俺の人生に筋トレを取ったら何も残らない」等、それこそが人生の全てであるような発言をします。そして必ずは筋トレで何等かの成功を収めた方々だけが語る特有の言動です。

しかし、裏を反せば筋トレで成功しなかった場合、挫折するでしょう。鬱になるでしょう。その後、どうするのか・・・。何も答えは無い。それで終わりです。そういう意味で死か成功かというギャンブルに身を投じて、努力の成果もありますが運の要素にも依存した成功と言えるでしょう。なぜなら遺伝子と骨格が恵まれていなかったら必ずは努力では超えられない壁を前にして挫折していたからです。

だからこそ、鬱で筋トレが治るだとか、筋トレで鬱になったとか、そういう次元の話ではなく、この世界にある無数の可能性に視野を広めるべきであると私は考えています。人がなぜ鬱になるのか・・・。端的に言えば「理想と現実のギャップ」これが諸悪の原因です。既に持った何等かの理想に挫折し、そこで筋トレに新たな人生の目的を見出すも良し、それでも挫折したなら、他の事柄に挑戦してみるのも良いのではないでしょうか。何も筋トレが全ての世界ではありません。世の中にはスポーツ競技だけに限定しても無数の事柄が存在します。スポーツ競技以外でも同じことです。鬱になってしまう意識レベルの高い人達にとって大事なのは、自分が適合できる事柄を見つけることです。

いやいや、筋トレ以外に何もない」というのは、あなたが世界を狭く見ているためです。もっと広い。もっと無数の可能性があります。一つの事柄にて鬱になるのであれば無数の世界に足を踏み入れてはどうでしょうか

例外として失恋の鬱を筋トレで克服することはできない

私が似たような経験を持っています。当時、既に筋トレをしていましたが失恋のショックにより更に筋トレにのめり込もうと試みました。私が経験した鬱というのは正に失恋のことです。しかし我が身より最も大切な人を失うという場合において、上記で説明したような内容は鬱の克服として参考になることはありません。

上記で説明した鬱の内容は、自分の「理想と現実のギャップ」によるものです。つまり自分最優先を仮定した話であり、失恋のような自分よりも上位に優先順位のつく事柄において上記の話は全く通用しません

もし失恋のショックを筋トレで克服できたという人がいるのであれば、私は自信をもって言うことが出来ます。「それは初めから恋では無い」ということです。恋人よりも自分優先という偽装の恋において失恋は単なる「理想と現実のギャップ」に過ぎません。自分よりも上位に優先すべき者がいる本物の恋において失恋は「特殊な理想と現実のギャップ」です。

自分よりも上位に優先する者がいる場合、この世の全ての重要度は比較対象になりません。自分が、どんな事柄に夢を持とうが、どんなことを理想に掲げようが、自分の理想以上に上位にくる者を失うことは我が身の命を失う以上の喪失であり、最上位より以下の事柄全ては何ら意味を持たなくなるのです

このような経験を持っている私からしてみれば、自分優先の人達が持つ固有の悩みや鬱がちっぽけに思えると同時に、その人達にとって我が身よりも更に大切なものを持ったことがないからこそ、如何なる鬱も必ずは解消できることを知っています。

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